アルク語学教育研究支援制度 中間報告

アルク語学教育研究支援制度の中間報告

アルクは2019年、「アルク語学教育研究支援制度」を創設しました。本制度のテーマは「継続学習を促す学習デザインの探求」。研究支援をA)ICT部門(ICTを利用した継続学習を促す教材の開発または利用方法の工夫とその効果検証)、B)評価手法と評価結果の活用部門(次の学習行動を促すための評価法とその効果検証)、C)インタラクション部門(学習意欲を継続・伸長させることを視野に入れたインタラクション活動の提案およびその効果検証)の3つに分け研究企画を募集しました。審査の結果、以下の3研究に対する支援を決定しました。


①A分野
テーマ:英語学習の継続を促すための多聴システム開発の試み
代表:阿部 真由美様(早稲田大学大学院)、共同研究者1名

②B分野
テーマ:対面式と非対面式英語スピーキング試験が学習者に与える波及効果──よりよいAI開発への提案に向けて
代表:関谷 弘毅様(広島女学院大学)、共同研究者1名

③B分野
テーマ:英語学習者の継続的な自律学習を促す教室内アドバイジング──セッションを通した認知と感情の縦断的変化
代表:守屋 亮様(早稲田大学大学院)、共同研究者2名

2020年は新型コロナウイルス感染症が日本を覆い、支援対象の研究企画は「コロナ対策」を余儀なくされました。2021年2月、それぞれの研究の代表者である阿部さん、関谷さん、守屋さんの3名による「中間報告会」をオンラインで開催しました。その模様をお伝えします。

第1部:研究企画の紹介と経過報告

第1部では、阿部真由美さん、関谷弘毅さん、守屋亮さんより、研究企画の紹介と現時点までの経過報告が行われました。


①阿部真由美さん
【研究テーマ】英語学習の継続を促すための多聴システム開発の試み


阿部さん

「内容」を含む英語学習は拡散的好奇心(色々なことに幅広く関心を持つ好奇心)を満たし、学習意欲と学習行動を促進するのではないか──。阿部さんの研究は、こうした仮定からスタートしました。課題として、①拡散的好奇心の個人特性(好奇心の高さ)が学習行動に影響を与えるか、②拡散的好奇心を満たす多聴教材が学習行動と学習意欲を高めるか、の2点を仮説に設定。多聴を取り上げたのは、自己学習で取り組みやすく、「内容」を含むリソースが豊富であるためです。阿部さんは、多聴用にアルクが提供した400素材を「内容」を含むもの(実験群)と含まないもの(統制群)に分け、オンライン上で学習できるようにしました。そして、学習者を知的好奇心尺度で群分けし、学習期間として設けた12週間で自由に学習してもらいました。


学習期間後に行ったアンケートによるポスト調査では、最終的に23名より回答を得られました。その結果、個人特性としての拡散的好奇心や教材が拡散的好奇心を満たす度合いが学習行動に与える影響は限定的だったものの、拡散的好奇心を満たす度合いの高い教材が学習意欲を維持させる効果は顕著に見られたそうです。また、教材に関わらず、多聴をすることがリスニング学習への興味とリスニング力を向上させる結果も出ました。


※この論文は『日本教育工学会論文誌』に採択され、2021年4月6日付でオンライン上で早期公開されました。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjet/advpub/0/advpub_44130/_article/-char/ja/(早期公開版)



②関谷弘毅さん
【研究テーマ】対面式と非対面式英語スピーキング試験が学習者に与える波及効果──よりよいAI開発への提案に向けて


関谷さん

関谷さんの研究はアルクの英語スピーキングテストSST(Standard Speaking Test)とTSST(Telephone Standard Speaking Test)を用い、「対面式」と「非対面式」の英語スピーキング試験を比較するというものです。どちらも評価基準は同じですが、SSTが対面形式で試験官の質問に答えるのに対し、TSSTは電話口で録音された質問に答える点が異なります。「受験者の発話内容に違いがあるかを詳しく検証するとともに、それぞれの試験が受験者のその後の学習にどう結び付いていくかも見ていきたい」と、関谷さんは話します。


この研究はコロナ禍の影響を大きく受け、対面式のSSTが実施できない状況が長く続きました。コロナ対策も兼ねてSSTはZoomを使用してオンラインで行われています。そこで、関谷さんはZoomを利用したSSTを「対面式」と設定し直し、非対面式との比較を行うことにしました。2021年2月の段階では、受験者の募集やスケジューリング、アンケートの準備などを進めています。


(2021年3月の段階で、協力者のSST及びTSSTの受験がすべて終了し、現在は発話の評価と分析、アンケートの集約を進めています)



③守屋 亮さん
【研究テーマ】英語学習者の継続的な自律学習を促す教室内アドバイジング──セッションを通した認知と感情の縦断的変化


守屋さん

守屋さんの研究内容は、大学の授業内に学習アドバイジング、特に学習者同士のピア・アドバイジングを採り入れ、学習者である大学生の認知や感情、経験の意味づけがどのように変化するのかを見ていくものです。「外国語学習は教室や授業内で完結することはなく、そのため学習者の自律が重要になる。今回の研究では大規模なデータ収集をするというよりも、ケーススタディとして少人数の詳細なデータを収集・分析し、現場の先生方にも一例としてヒントを与えられたら」と、守屋さんは期待を込めます。


2021年2月の段階ではデータを取り終え、報告書にまとめている段階。データを概観したところでは、「アドバイジングを通じて、学生たちが自分の体験に基づき、より具体的に英語学習を考えられるようになり、失敗も含めいろいろな体験をより好意的に意味づけられるようになった」と感じているそうです。



第2部:3名の研究者によるオンライン座談会

第2部では、第1部の報告を踏まえ、3名の研究者に質疑応答や意見交換を行っていただきました。


阿部さんの研究について、守屋さんより「教材を『内容』があるものとそうでないものを、どのように区別したか」との質問が出ました。これに対し阿部さんは、「英語の試験に出される広告の文面は『中身を知りたい』と思って読むわけではないが、自分でインターネット検索をする際などには『情報を知りたい』という気持ちがある。基本的にはそうした違いと捉えている」と回答。また、ポスト調査のアンケートでは教材について「拡散的好奇心を満たすものであったかどうか」という観点からも評価してもらっており、学習者の視点からも2つの教材に違いがあったと言います。


関谷さんの研究に関して、阿部さんは「コロナ禍でオンライン教育が広まった。同じ場所にいるかどうかよりもinteractionがあるかないかが大きいのではないかと思う」とコメント。関谷さんもこれに同意し、「現在は対面、オンライン、録画を配信するオンデマンドの3種類がある。外国語学習は、聞き手に伝えたいという気持ちや相手のフィードバックによって発展していく部分が大きい。その意味では、オンラインでもリアルの対面と同様の効果が得られるのではないかと思う」と話しました。また、研究テーマにある「よりよいAI開発への提案に向けて」については、「人間ではなくアバターの反応でも対面に近い効果が得られるのか、といったことまで提案したい」とのことでした。


守屋さんの研究については、アルク担当者が「学習者同士のピア・アドバイジングのやり方をどのように指示したか」と質問。これに対し守屋さんからは、「授業でアドバイジングの趣旨や自律学習について何度も説明した」「アドバイジングのセッションに入る前には、カウンセリングやコーチングのスキルを簡単なアクティビティーと共に紹介した」「実際のセッションでは3、4名のグループでアドバイザーと相談者、観察者の役割に分かれて行った」など、具体的な進め方が紹介されました。

下図は木下ほか(2018)(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006464284)を参考に一部改変したものです。


アドバイジング


第3部:オンライン時代の教育と研究

今後、新型コロナウイルス感染症が収まったとしても、教育・研究の現場が「コロナ以前」の状態に戻ることはないと考えられます。第3部では、報告会の締めくくりとして、オンライン時代の教育・研究について3者のお考えを聞かせていただきました。


<守屋さん>

オンライン学習については今まさに研究されているところで、今後どのようになっていくかが分かるまでにはもう少し時間がかかるだろう。自分の研究分野に限定して話すと、オンライン化で便利になった部分が大きい。日本に入国できない留学生向けのアドバイジングを、オンラインで行うこともある。また、アドバイザーや教員、学生が大学を超えてオンライン開催の学会でつながる機会が何度かあった。三者の関係は断絶されがちなため、こうしたつながりが促進されることは非常によいと思う。デジタル面では教員より学生の方が詳しいことも多く、そうするとある意味で関係性が対等になり、学生自身も主体的に関わっていけるようになるのではないか。


<関谷さん>

リアルタイムでinteractionのあるオンライン形式は便利で、今後も普及していくだろう。オンデマンド授業に関しては、極端に言えば、授業がものすごく上手な先生が一人いて、その人が全国的に配信すればいいということにもなる。学校で先生に直接教わらなくてもいいのではないか、という考えが成り立つ時代が来るかもしれない。学習者側から見ると素晴らしいが、教える側としては戦々恐々とする部分もある。ただしピア・アドバイジングのような役割は、生身の先生が対面もしくはオンラインでやるしかない。そうした役割は残っていくだろう。研究に関しては、オンラインの普及によるプラス面が多く、さまざまなツールの作成方法を学ぶなどいい勉強になった。


<阿部さん>

今後は対面、オンラインのリアルタイム、オンデマンドの3種を組み合わせたハイブリッド型になっていくのではないかと思う。オンラインでもリアルタイムのやりとりであれば対面に近いものがあり、どれだけ対面に置き換わっていくかに注目している。ブレンド型学習、反転学習などによるアクティブラーニングも進んでいくだろう。オンデマンドに関しては、どなたか上手なコンテンツを作ってくれるのであれば大いに活用したい。授業ではそれを土台にしていかに活動をさせていくかがカギとなり、教員がプレゼンターではなくファシリテーター化、アドバイザー化していくのではないか。また、学習がパーソナライズされていくのも現在の流れ。研究対象として学習デザインやプランニングなどに興味があったので、そこにAIがどう関わっていくか大いに関心がある。


コロナ禍の影響を受けて、研究支援対象3件の内2件は、まだまとめの段階に至ってはおりません。一日も早く研究成果が公表されることを期待して、以上、3人の研究者による話し合いを持って「アルク語学教育研究支援制度」の中間報告とします。


取材:文:いしもと あやこ

お問い合わせ

academy@alc.co.jp

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