今月のテーマ記事
上智大学女性研究者への支援活動を機に
全研究者のワークライフバランス向上へ
<Diploma Policy>
全学で女性教員が34%と高い割合を占め、理工学部の女性教員も20%に迫ろうという上智大学。その原点は、今からおよそ10年前、文部科学省の補助事業として採択された、理工系女性研究者支援プログラムにある。取り組みはやがてダイバーシティ推進の流れと合流し、補助金事業での経験と成果は、現在、一人一人の学生が自分らしく多様な目標に挑戦することのできるキャンパスを目指す取り組み、教員や研究者の機会均等、ワークライフバランスの充実に生かされている。
(写真左)ダイバーシティ推進室室長補佐であり学術情報局研究推進センター長の齊藤玉緒教授(理工学部物質生命理工学科)
(写真右)ダイバーシティ推進室コーディネーターの柳澤広美学生局長
日本の大学、とりわけ理工系学部・研究科では女性研究者が極端に少ない。上智大学も例外ではなかった。そこで立ち上げたのが、「グローバル社会に対応する女性研究者支援プロジェクト」(以下「女性研究者支援プロジェクト」)。2009年に、文科省の科学技術人材育成費補助事業「女性研究者支援モデル育成」部門に採択され、同大の女性教員・研究者育成は、本格的に動き始める。
「日本に女性研究者が少ない理由のひとつは、家庭との両立が難しい職場環境にあります。出産・子育て期に女性研究者の離職率が上がり、子育てが終わって復職するという、いわゆる"М字カーブ"も顕著です」
自身も理工学部の研究者である、齊藤玉緒教授が言う。
「いったん離職した研究者の復職に際しては、正規雇用が待っているとは限りません。離職により研究業績も極端に落ち込むので、復職後の研究費申請にも支障が出る可能性があります。そうしたリスクを考えると、そもそも出産・育児期に辞めなくてすむように、女性研究者を支えることが重要です」
そのための施策として、研究支援員を配置するシステムを導入。子育て期にある女性教員から要望があれば、資料集めなどを手伝う支援員をつけて仕事の負担を軽減し、研究と家庭を両立できるようサポートするというものだ。
研究支援員はあくまでも研究支援が目的となるため、博士前期課程以上が募集要件となる。研究職を志す学生にとっては、自分は将来、キャリアと結婚・出産・子育てをどう両立させていくのか、先輩である女性研究者の仕事ぶりを間近で見ながら、早い段階で考える好機となった。
その成果もあってか、「女性研究者支援プロジェクト」がスタートした2009年には皆無だった理工学部の女性教授は、今では4名となった。
研究支援員制度は、女性研究者支援プロジェクト終了後、男女共同参画の観点から、男性研究者にも開放されることになった。現在では、9歳までの子どもをもつ研究者、介護が必要な家族を抱える研究者にも対象を広げ、全学で年間およそ20名が、週6時間程度、この制度を利用。同大の教員・研究者全体の、ワークライフバランス向上に資する制度として定着している。
上智大学は、理工系に特化した「女性研究者支援プロジェクト」が、国の補助金事業として最高ランクのS評価を受けたことで、女性研究者に理解ある大学として認知された。理工学部物質生命工学科では、すでに女子学生が4割を超え、学部、大学院全体で見ても女子学生比率は約3割となり、着実に増えてきている。
「本学では、女性研究者支援プロジェクト採択時から、理系に親しんでもらえるよう、女子高生のための理科実験教室を開催してきました。理系の進路をめぐる女子の漠然とした不安や、ためらいが払拭されるよう、理工系の女性教員が実験をしている場を、実際に見てもらう取り組みです。理系に興味がある女子中高生が、『私にもできる!』という自信をもって、希望する進路に進めるようにと願っています」(齊藤教授)
実験教室に参加したことが直接のきっかけとなり、実際に理工学部に入学した女子学生もいると、柳澤局長も言う。
「実験教室には、ティーチングアシスタントとして学部生も参加します。お昼も一緒に食べるので、そういうときに、高校生からたくさん質問が飛び出すわけです。『大学ってどんなところ?』『理系の学部ってどんな感じ?』『実験が忙しいと、学生生活が楽しめないのでは?』と、小さな心配がいっぱいなのです。それを大学生に直接ぶつけ、『だいじょうぶ! 勉強も遊びも楽しいよ』などと答えてもらい、みんな不安を晴らして帰っていきます。これもちょっとしたメンタリング効果かもしれません」
グローバルメンター制度でも、学生の相談の中身は、大きな課題ばかりではなく、進路に関する小さな不安や、漠然とした恐れがむしろ多いのだ。大学として支援制度を整備したり、正しい情報を提供したり、学生自身が経験を重ねて学ぶ環境をつくることで、学生の目にはとてつもなく高い壁も、徐々に低くすることができると齊藤教授は言う。
「小さな不安を抱えた学生に、『こんなサポートがあるよ』と伝えるだけで、彼らはとても安心します。ほんのちょっと背中を押してあげるだけで、立ち上がって歩いていけるし、最後は自分で、壁の上からポンと飛びたてるようになります」
自分で飛びたつ力は、学生自身が獲得しなくてはならない。そのきっかけを提供し続けることが、大学の役割だと語った。
(写真)女性研究者の活躍支援をはじめ、ダイバーシティに資する取り組みを行う「ダイバーシティ推進室」のみなさん。
◆取材・執筆 田中洋子 株式会社エスクリプト
◆写真 小泉賢一郎
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