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アルクグローバル通信 (2018年9月)

 東京都市大学は、横浜キャンパスがある神奈川県横浜市都筑区、地元NPOぐるっと緑道とともに、留学生が自国の暮らしや文化について情報発信を行い、地域住民との交流を深める「都市大留学生カフェ」を開催している。そこでは、留学生の日本語やプレゼン力の向上だけでなく、地元の人たちとの交流を通して理解を深め合い、ともに学び合える場が生まれている。東京都市大学環境学部で教鞭をとり、地域連携推進を担当するリジャル ホム・バハドゥル教授にお話を伺った。

留学生が区民に自国文化を紹介

 その日、横浜市都筑区にあるコミュニティ・カフェでは、満席の参加者を前に、ひとりのネパール人青年が自国の文化について語っていた。東京都市大学、環境学部環境創生学科研究生のスレスター・ミサンさん。彼が学ぶ横浜キャンパスでは、「都市大留学生カフェ」の交流イベントを、2016年10月から、年4、5回のペースで続けている。その9回目のプレゼンターがミサンさんだ。
 プレゼンテーションのタイトルは、「ネパールの女子児童と果物との結婚式」。ミサンさんによると、カトマンズ盆地一帯に暮らすネワール族には、「女性は生涯3度結婚する」という風習がある。幼少期にまずウッドアップルという'果物'と、その後'太陽'と結婚式を挙げ、やがて成長した後、夫となる男性と結婚する。
 はじめの2度の結婚式は、実は女の子の一生の幸せを祈る儀式だ。ネパール音楽とともに、民族衣装に身を包んだ少女たちの姿や、華やかな'結婚式'の模様がスクリーンに映し出され、ミサンさんが丁寧に説明をしていく。そして30分ほどのプレゼンテーションと質疑応答が終わると、参加者はグループに分かれ、留学生を交えた交流会が始まった。
 「日本の七五三と同じような儀式だという説明を聞いて、『3度の結婚』の意味がよく分かりました」
 「私は去年、ネパール旅行でブッダの生誕地ルンビニに行きましたよ」
 どのグループでも、留学生と地元の人たちの会話が弾む。その輪の中に、「都市大留学生カフェ」運営の中心的な役割を担う、リジャル ホム・バハドゥル教授の姿もあった。ちなみに「都市大留学生カフェ」とは、カフェで留学生が発表をするこの活動に限らず、横浜キャンパスの留学生による地域交流活動全般を指している。
 26年前、自身もネパールからの留学生だったリジャル先生は言う。
 「日本人との交流がほとんどない留学生は、実は案外多いのです。特に私費留学生は、学費や生活費のために働かなくてはならず、日本の文化について学ぶ機会も時間もなかなかありません。これはとても残念なことです」
 だからこそ、留学生と日本人が親睦を深め、互いの文化を学ぶ機会をたくさん作りたいと、先生は言葉に力を込める。


(左)ネパール出身のスレスターさんがプレゼンターとなった第9回「都市大留学生カフェ」。
(右)留学生と地元住民の交流会ではネパールと日本の生活についてなど、話に花が咲いた。

大学、区、NPOの三者協働体制を確立

 東京都市大学に学ぶ留学生は、現在およそ100名。うち約40名が、都筑区にある横浜キャンパスに籍を置く。周囲は住宅街だが、留学生と一般住民との接点は、これまでほとんどなかった。
 そうしたなか、「横浜市都筑区役所と東京都市大学環境情報学部の連携協力に関する協定書」に基づく、「コミュニティ活動向上プロジェクト」の事業として、「都市大留学生カフェ」はスタートした。
 目的は、留学生を主体とした活動により、地域コミュニティの活性化と、多文化共生の街作り推進に寄与すること。留学生による自国文化のプレゼンテーション、街歩き、料理教室、文化芸能の披露など、さまざまなイベントや講座を行うとして区役所との間で覚書を交わし、昨年より区から必要経費に係わる支援を受けている。
 地域行政との連携がスムーズに進んだ理由を、リジャル先生は次のように話す。
 「本学は都筑区内にある唯一の大学ですから、教育面でも研究面でも地域連携しやすい状況があります。そこで地域の国際化の観点から、留学生と一緒に何かやれないか、という流れになったのです」
 そこにコミュニティ・カフェを運営する地元のNPO「ぐるっと緑道」も加わった。大学、都筑区、NPOの三者は定期的に会合をもち、年間を通じてどのような活動を行うかを協議しながら、「都市大留学生カフェ」を動かしている。
 これまでの活動には、区のイベントでのパネル展示、ネパール料理の販売、ステージ出演、区民対象のネパール料理教室、横浜歴史博物館や都筑民家園の見学、留学生の茶道体験などがある。ネパールに関する発信が多くなるのは、リジャル先生の研究室を含めて、ネパール人留学生が多いため。ベトナム、中国、韓国など、より多くの留学生をどう巻き込んでいくかが次の課題でもある。

理解しておきたい留学生の実情

 活動の中心でもあるカフェのプレゼンテーションでは、発表をしてくれる留学生を、毎回、大学の学生支援センターに当たってもらったり、リジャル先生が研究室の学生などに直接声をかけたりして探すという。
 ところが多くの留学生にとって、30分程度のプレゼンテーションでも、準備にかかる時間や労力が、かなりの負担となる場合がある。日本語に自信がないと尻込みする学生もいるし、アルバイトで学費や生活費を賄っている私費留学生は、時間的にも余裕がない。
 「ある学生にやってみないかと声をかけたとき、『それってお金はもらえるんですか?』と聞かれ、愕然としたことがあります。でも彼の気持ちも分かるのです。夜遅くまで働いて、ギリギリで生計を立てているとしたら、『良い経験になるよ』などと言われたくらいで、心は動かないでしょう。万事お金というのはよくありませんが、苦学生の実情は理解しておく必要があります。そのうえで、彼らが無理なく参加できる企画や、仕組み、環境をつくることが、こうした活動では大事だと思います」
 とはいえ、交流活動に参加しているとき、留学生の顔が輝いていることも、リジャル先生は知っている。プレゼンテーションは、発表の段取りや人前での話し方を学ぶいい機会だし、自分の日本語力を振り返るきっかけともなる。人前で自国のことを語ることで、日本人との交流に自信がついたり、自国文化への誇りを再認識したり、勉学のモチベーションアップにつながることもあるだろう。NPOのスタッフと友だちになるなど、留学生の人間関係も、少しずつキャンパスの外に広がりつつある。「都市大留学生カフェ」が、留学生にも良い経験になっている。
 加えて、区やNPOと相談し、プレゼンテーションを行った学生には、それを称える賞状とささやかな記念品を渡すなど、留学生のインセンティブを上げる工夫を続けている。

地域連携・地域交流は、双方向であれ

 「都市大留学生カフェ」は、地域と大学が連携した国際交流活動として、区の広報やタウン情報誌などでしばしば取り上げられ、区民にもよく知られるようになってきた。「都市大留学生カフェ」という事業にそれぞれの意義を見いだした、大学、区役所、NPO。この三者が、大学は人材を、区役所は各種調整や資金面からの支援を、NPOは会場やノウハウをと、それぞれの強みを有機的に連携させ、活動の円滑な推進を支えてきた点は見逃せない。
 大学の地域連携・交流のあり方について、リジャル先生の考えを尋ねた。返ってきたのは、「双方向であるべき」という端的な答えだ。日本人が留学生を通して外国のことを知るだけではなく、留学生もまた、日本人との交流を通じて日本を学ぶ。交流プログラムは、ぜひそういう機会であってほしいと言う。  「私自身が外国の出身で、かつて留学生でもあったために、特に強く思うのかもしれません。博物館見学でも、工場見学でも、農業体験でも、街の人たちとのボーリング大会でも、とにかく肌で感じるような体験を、留学生にたくさんさせてやりたいのです」
 それが楽しく有意義なものとして、留学生自身の言葉で各国に発信されていくとき、日本留学を志す若者は、世界中にもっと増えるのではないか。リジャル先生はそう期待している。


◆取材・執筆 田中洋子 株式会社エスクリプト
◆写真 遠藤貴也



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