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アルクグローバル通信 (2019年3月)

今月のテーマ記事

静岡大学留学生と日本人学生が共に学ぶ
アジアブリッジプログラム
<Admission Policy/Curriculum Policy>


 静岡大学が実施する、アジアブリッジプログラム(ABP)は、地元企業の支援を得て、所定の日本語運用力を有するアジアの留学生を、一定数、授業料免除で受け入れるというもの。留学生には無料で学べるチャンス、地元企業には有望なアジア人材育成のチャンス、そして大学にとっては、日本人学生の成長に資するグローバル・キャンパスの実現だ。

(写真)国際連携推進機構・副機構長を務める、白井靖人教授(国際交流担当学長補佐・情報学部行動情報学科教授)

地元企業の協力を得て留学生を受け入れる

 静岡大学では毎年、アジア人学生40名程度を、授業料免除で学部に受け入れている。アジアブリッジプログラム(Asia Bridge Program 以下ABP)と名付けられたこのプログラムは、2015年10月にスタートした。中国や韓国からはすでに留学生が相当数来ていることから、ABPは県内企業の進出が多い、インド、インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマーの5カ国の学生を対象としている。
 授業料の免除が可能となった背景としては、文部科学省の国立大学改革強化推進事業に採択されたことに加え、県内企業からの支援によるところが大きい。海外での事業展開を念頭に、アジアの優秀な人材を求める地元産業界の思いが、グローバル化を目指す静岡大学の意向と合致した。ABPの取り組みは大学改革の一環ではあるが、地方の国立大学として地元との協調は欠かせないものだ。
 「県内の企業の進出先はアジアが中心で、現地のマネージャークラスとして活躍する人材を必要としています。日本の事情に明るく、日本語が話せて、留学を通じて静岡県に愛着を持ってくれる人なら、なおありがたい。そういう人材の育成につながるという点で、ABPに着目していただいていると思います」
 そう語るのは、同学の国際連携推進機構・副機構長を務める、白井靖人教授(国際交流担当学長補佐・情報学部行動情報学科教授)。2017年9月、ABP修士課程の一期生およそ40名が静岡大学を巣立った。以来毎年修了生の3割ほどが、静岡県内を中心に日本で就職を果たしており、最初の学部卒業生の進路にも、地元の期待が寄せられている。

日本語で日本人と一緒に学ぶABP

 静岡大学の場合、もともと留学生は、工学部と人文社会科学部に多い。日本文学や日本史など、日本に関する学科や、経営学、ビジネスも人気だ。こうした日本の国立大学の教育を、授業料なしで受けられるABPは、アジアの学生にとって、掛け値なしに魅力的なチャンスといえるだろう。
 そうなると当然、あっという間に学生が集まりそうだが、全6学部を合わせて40人の学部受け入れ枠に対し、初年度の入学者は11人にとどまった。翌年は22人、3年目で26人、4年目にあたる昨年は32人と、入学者は着実に増えてきているが、ABPへの入学はなかなか狭き門であることがうかがえる。その一因と考えられるのが、日本語力というハードルだ。
 ABPは学部と大学院の両方で実施されているが、学部へのABP留学生は、ごく一部の科目を除き、通常のカリキュラムを日本語で学ぶ。10月に入学すると、まず理系・文系の基礎学習と日本語を集中的に学び、半年後の4月以降は、日本人学生とまったく同じ授業を受けるのである。
 このため静岡大学では、学部ABPの出願者に対して、日本語能力試験でN2以上の日本語力を求めている。これは日常の日本語を理解し、新聞・雑誌の記事や解説、平易な評論などを読みこなし、自然に近いスピードの会話やニュースを聞いて、要旨を把握できるレベルにあたる。これだけの日本語力を高校卒業までに身に付けているアジアの学生は多くないため、ABPへの応募者も、おのずと限定的になるのである(ちなみに大学院のABPは、全科目英語で提供され、日本語の条件はない)。
 「以前は工学部限定で、ABPの前身にあたるプログラムを実施していました。対象国は、ベトナム、タイ、インドネシアの3カ国です。現地からの出願を原則としていたため、はじめは学生集めにとても苦労しましたが、そのときの経験があったからこそ、この3カ国については、一定のネットワークが現地との間にできています。ABPに関しても同様で、対象各国での認知が進めば、状況は変わってくると考えています」(白井教授)
 静岡大学では対象国での広報とあわせて、日本国内の日本語学校や、留学生を受け入れている高校にも足を運んで説明を行い、出願者の募集に力を注いできた。プログラム開始から4年が経ち、その成果が実り始めている。
(写真)学生たちがそれぞれの学びの成果を披露した教育発表会

大学のグローバル化は、日本人学生の成長に資する

 冒頭で、ABPが地元企業の期待を担ったプログラムであることを紹介したが、静岡大学自体が考えるABPの意義について、あらためて白井教授に伺った。
 「本学がABPを実施する第一の目的は、日本の学生の成長です。これから社会に出る若者は、外国と一切関わらずに仕事をすることは不可能です。だから学生のうちに、外国人と協働する経験をさせてやりたい。留学生をたくさん受け入れて、キャンパスの雰囲気や環境を変え、グローバル化が進む社会で、本学の学生がしっかり生きていけるように育てたい。それがABPを始めた最大の理由です」
 静岡大学の学生数はおよそ1万人。うち留学生は約4%で、現在430名ほど。これを500名から600名くらいにまでもっていくのが当面の目標だ。
 キャンパスの多国籍化だけでなく、「ABP副専攻」を設けることで、英語による授業を日本人学生が受ける機会を拡大していることにも注目したい。TOEIC® L&R TEST 550点以上保持を条件に、ABP独自の科目群から英語で行われる授業を、「ABP副専攻」として履修できるのだ。
 英語による科目は、Law and Society、Nature and Physics、Science and Technology、Evolution and the Earth's Environment、Region and Culture、Global Business Studiesなど。このほかに、学際科目としてのアクティブ・ラーニング科目もあり、ABPの留学生と日本人学生が英語で共学する、グローバル・キャンパスにふさわしい、学びの環境をつくっている。
 「この春初めて、ABP副専攻を修了した日本人学生7名が卒業します。修了研究があって、英語でのプレゼンテーションや、英文レポートの提出も課していますから、ハードルはけっして低くなかったはずです。みんな苦労したと思いますが、なかなかきちんとできていました」
 ABP副専攻をとる人数は、まだ多くはない。それでも履修生のパフォーマンスを通じて、確かな手ごたえを感じているようだ。

キャンパスの光景も、みんなの意識も変わり始めた

 キャンパスのグローバル化を目指してスタートしたABPは、この4年でどのような変化をもたらしたのだろうか。
 研究室にこもることが多い大学院生に対して、学部の学生は教室を移動するので、留学生が校内を歩く風景は、すっかり見慣れたものになった。クラスには当たり前のように外国籍の仲間がいて、知らず知らずのうちに、互いに刺激を受け合いながら勉強をする。研究室にも、研究仲間として留学生がいる。留学生と日本人が一緒にサークル活動を楽しみ、何かにつけて、助けたり助けられたりする情景も日常だ。そこから得られる異文化への理解や、多様な発想に触れる経験は、留学生と日本人学生の双方にとって、かけがえのない気づきや学びの機会となっている。
 ABP以前、大学で学ぶ留学生は、日本語に堪能で、精神的にも自立した「大人の」学生が多かった。その点ABPの留学生は、高校を出たてで、少年少女のあどけなさを残す学生が少なくない。まだまだ家族も恋しいし、友だちも欲しいし、みんなと一緒に遊びたい。先端技術を学ぶというほかに、日本のサブカルチャーの魅力にひかれて日本語を学び、ABPに応募してくる学生もいる。そういう部分も手伝って、「日本の学生との交流が、いっそう促進されているようだ」と白井教授はいう。
 「留学生も、静岡大学のコミュニティーの一員。男子もいれば、女子もいるのと同じように、日本人もいれば他の国籍の学生もいる。そうした多様性が、みんなの意識のなかで、当たり前になってきています」
 静岡大学が目指すグローバル・キャンパスの青写真は、次第に形になろうとしている。次は日本人学生の海外留学を、もっと推進したい。ABP副専攻を取る学生も、60人の定員が溢れるほど増えてほしい。さらには、大学進学をむかえる在日外国人子弟の増加といった変化にも、今から備えておきたい。チャレンジは、まだ始まったばかりのようだ。
 「静岡県の高校生が、国際的なことに関心をもったとき、そういう環境で学びたいと思ったとき、東京や、遠くの大都市に出て行かなくてもいいように、地元にチャンスをつくりたい。静岡大学にはこれだけ留学生がいて、国際交流や、英語で学ぶ機会や、交換留学の機会が、こんなにいろいろあるんだよ。そう、高校生に伝えていきたいと思っています」(白井教授)
(写真)アジアの学生たちが夢をふくらませながら静岡大学を巣立った


◆取材・執筆 田中洋子 株式会社エスクリプト
◆写真 遠藤貴也



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