今月のテーマ記事
立命館大学コミュニケーション学域の拡充で文学部の学びの深化を図る
<Curriculum Policy/Diploma Policy>
国際化の進展や、外国人に対する日本語教育のニーズの高まりなど、今、日本社会には大きな変化が起きている。こうした動きを受け、立命館大学文学部では、かねてより中高の英語科教員養成や外国人に対する日本語教員養成に力を入れてきたコミュニケーション学域を、2020年度から国際コミュニケーション学域と言語コミュニケーション学域の2学域に拡充する。その意図や具体的な改変内容について米山裕学部長が語ってくれた。
(写真)立命館大学文学部長 米山裕教授(国際コミュニケーション学域)
「文学部こそ、多文化、多価値社会の諸問題に取り組む方法論を提供できる最も現代的な学部」。これは立命館大学文学部長の米山裕教授の持論である。
「かつて文学部の学生からは、自分たちが勉強したことが将来どう役に立つのか分からないといった声が多く聞かれました。実際、私が文学部の教員となった20年くらい前は、文献を読んで研究して終わりという意識が強かったように思います。文学部の勉強の基本は、文献をしっかり読んで考えることであることに変わりはありませんが、基本は守りつつ、社会に羽ばたいていくとき、大きな力になっていることを学生が実感できるような学びを提供したい。そう考えて20年、改革を進めてきました」
文学部は学問領域別の「専攻」と複数の専攻を束ねた「学域」によって構成されている。学域は初年次教育の枠組みで、2年次以降は専攻に所属する形をとっている。今から8年前、2012年にコミュニケーション学域を設けたのもその一環である。「外国語や外国の諸地域を対象とする学問を、他のさまざまな専攻と並べて文学部の中に置くメリットは大きい」との考えに基づいた設置だった。
そして、2020年度からは、さらに国際化を進めるべく、これまでコミュニケーション学域の中に置かれていた国際コミュニケーション専攻と言語コミュニケーション専攻の2つを学域に昇格させる。
コミュニケーション学域では、もとより英語科教員や日本語教員の養成などに力を入れてきたが、この8年で同学部では当初の想定通りの人材が育成できたという手応えを得ている。「1年次から4年次までゼミ的授業を置き、学生の顔を見ながら先生がじっくり育てるという教育を提供してきました。文学部の各専攻の教育内容には、高校までの勉強ではイメージがつかみにくい分野もありますが、こうした小集団教育を通じて、学生たちは自分の勉強を見出し、しっかり成長しています。次の展開ができると自信をもって判断しました」。学部長はこう改変の経緯を語る。
専攻から学域への改変に伴い、学びの内容はより充実する。
国際コミュニケーション学域には英語圏文化専攻と国際英語専攻を設け、約半数の科目を英語による授業にすると同時に、世界各国からの短期留学生との共修科目も倍増。新学習指導要領で求められる「実践的な学び」に対応できる英語科教員の養成や、国際社会で活躍できる人材の育成を目指す。
こうしたカリキュラムを整えた背景には、文学部が「英語で授業を受けて英語で情報を取得する授業の拡充」を課題としていたことがある。その一方で英語開講の科目を半数に留めたのは、「留学を必修化したり、すべての授業を英語で受ける学部学科を設けたりといった対策では、そこで取り残されていく学生が出てくる」という懸念からだ。
「他大学を見ても、初年度から英語で授業が受けられるレベルの語学力を持つ学生を集めるのに苦労しているのは明らか。学生の英語のコミュニケーション力は、高校まで受けてきた教育によって異なります。今、日本の大学が取り組むべきは、日本語を通じて身につけた能力を英語環境に転移できる学びの環境づくりでしょう。最初のハードルが高くなりすぎないよう配慮しました」
日本語の対応能力を切り捨てることに対する問題意識もある。「大切なのは、語学だけを切り離して学ぶことではなく、日本語を使ってできる能力を高めつつ、並行して専門の中で外国語を使って自然に同等のことが実践できるようになるための学び」と米山学部長は語る。
もう一つの学域、言語コミュニケーション学域では、多様なコミュニケーションの分析と実践を行うコミュニケーション表現専攻と、言葉の客観的分析や異文化コミュニケーションを学ぶ言語学・日本語教育専攻を設け、日本語教員養成課程の更なる充実を図る。
外国人労働者の急増を受け、日本では、企業や教育機関において外国人への日本語教育のニーズが年々高まっている。政府による日本語教育推進法案の審議といった動きもそれに対応するものだ。さらに海外でも、日本に興味をもつ外国人への教育ニーズが上昇。同学域では、こうした状況を受け、「生活者としての外国人」への日本語教育ができる人材、多文化共生の姿勢をもった人材の育成を目指す。
一方で、実社会を見れば、日本語教員に関しては、安定したキャリアとして検討できる就職先が多くないのが現状だ。こうしたことを鑑み、同学域では、中学・高校の国語科教員免許取得の道筋も用意すると同時に、専門の学びを通じて得た資格や知識を生かして一般企業や教育機関などで幅広く活躍できる人材の育成を目指す。
「日本語教員の資格は、同学域で取得できる資格の一つという位置付けです。学生には、一般企業に対応できる汎用性のある能力や知識を身につけてもらいつつ、チャンスを生かして日本語教育に携われる将来が描けるカリキュラム設計としました」
(写真上)国際コミュニケーション学域ではおよそ半数の授業を英語で行う。
(写真下)言語コミュニケーション学域では、日本語教員の資格を取得できる専攻も設置されている。
今回の改革により、文学部はこれまでの7学域17専攻から、8学域18専攻の体制に刷新され、入学定員も55人増となる。加えて、「クロスメジャー」と呼ばれる独自の専攻横断型の学びとして、「京都学」と「デジタル人文学」も設置する。
文学部では近年、「クロスオーバーしながら学ぶ教育」を掲げ、各学域、各専攻の壁を低くする試みを進め、それぞれの専攻の中で専門教育を受けながら、他専攻の科目も自由に取れる仕組みを構築してきた。現在、約8割の専門科目はどの学域・専攻に所属していても受講することが可能で、今回設けられた2つの「クロスメジャー」は、2年次から登録できるほか、横断型のプログラムでありながら卒論ゼミも用意されることになっている。
一般的には東洋史の一分野として置かれている「イスラム史」を、2020年度から西洋史の中に置き、ヨーロッパ・イスラーム史専攻として、ヨーロッパとイスラーム世界の関係を歴史の観点から学べるようにしたのも、同学部ならではの取り組みだ。イスラーム社会が「長い歴史の中で、常にヨーロッパと対話、対立しながら歩んできたことを考えれば、ヨーロッパ史とともに学ぶことは妥当」と米山学部長。イスラームを冠する教育組織は全国的にも希少であり、さらにヨーロッパ史とともに学べる専攻としては、このヨーロッパ・イスラーム史専攻が日本初となる。
こうした文学部の取り組みの成果は、卒業生たちの活躍や、現役生のいきいきとした姿として現れている。「かつて文学部の就職率は、文系学部の中でも決して高いほうではありませんでした。しかし今は他学部と遜色ありません。実際、今の文学部の学生たちはとても元気ですよ」と米山学部長。
世界では民族や宗教などを原因とする対立や紛争が頻発、国内にも課題は山積だ。こうした現代の問題の根本にあるのは文化、価値観の違い。
「社会は、さまざまな文化についてしっかり考えて取り組んだ経験をもつ若者を必要としています。文学部は本来、文化や価値観の違いによる対立を分析し、解決を目指す勉強ができるところ。学生たちにもそうした確信と将来のビジョンをもってほしいし、われわれ教員も学生の活躍を信じて教育しています」
学生数4,000名、専任教員数100名を超える西日本最大規模の文学部として、立命館大学文学部は、これからもより幅広い分野の学びを展開し、既存の学問分野を超えた発想で新領域を開拓できる人材の育成を目指す。「改革は今後も続きます」と米山学部長は力強く語る。特に言語分野については「もっと強化できる」ときっぱり。将来は、大学院の研究科である言語教育情報研究科と文学部の連携と相互交流を通じて、言語分野の教育と研究の強化も図っていく方針だ。
◆取材・執筆 佐藤淳子 株式会社エスクリプト
◆写真 立命館大学提供
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